1. オキシトシンの古典的作用（子宮筋収縮作用、乳汁分泌促進作用）

オキシトシンは9個のアミノ酸からなるペプチドで、主に視床下部の室傍核と視索上核の神経分泌細胞で合成されます。脳内で合成されたオキシトシンは下垂体後葉に輸送され、様々な刺激に応じて血液中に分泌されます。この血中に分泌されたオキシトシンの機能としては、分娩時の子宮平滑筋の収縮と分娩の誘起、乳腺からの乳汁分泌や生殖腺への制御作用などが知られています。

2. オキシトシンと母子の絆

新生児は誕生後１－２時間以内に自分で母親の乳房に到達し、母乳を吸い始めます。乳首を捜しているとき、新生児は手で母親の乳房をマッサージすることになり、このとき母親の体内でオキシトシンが放出されます。新生児の手によって乳房に加えられる刺激と乳首を吸うことで、母親のオキシトシン分泌が刺激されるのです。 動物には自分以外の生き物を恐れる原始的な本能があるのですが、母親の視床下部で亢進したオキシトシン分泌は、この不安をうち消して、新生児に母性を提供します。こうしてオキシトシンが母子の強い結びつきを生み出す役割をしているのです。
授乳中のオキシトシンの効果は、母親だけでなく赤ちゃんにも及びます。ラットの実験で、出生後一定期間、子供を母親から引き離すと　（母子分離実験）　、これらのラットが大人に成長した際には、視床下部のオキシトシン合成量は、普通に育てられたラットに比べて、著名に低下しています 。脳の基礎が出来上がる３－４歳頃までの時期が　我々の情緒形成にとって最も重要な時期であり、幼児期にどのような愛情を与えられるかが、その後の我々の愛情表現に大きく影響してきます。神経系がまだ発達途上にある幼少期にストレスを受けると、その後長きにわたり生理機能の変化や抑うつ状態などの行動変化を伴います。母子分離実験を受けて育ったラットは、成長すると、他のラットに対する協調性が減少し、攻撃性が増す事が報告されています。Oxytocin and Autism Maternal Separation

3. オキシトシンと信頼関係、社交性

オキシトシンの子宮筋収縮作用や乳汁分泌促進作用は妊娠、分娩に関連した作用ですが、妊娠していない女性や男性でも同様に、視床下部でオキシトシンが 生成されています。オキシトシンの効果は母と子だけではなく、夫婦・恋人同士あるいは親友同士の結びつきにも密接に関連しています。オキシトシンは人間関係を円滑にし、他人への信頼を高める能力があるのです。Oxytocin and Trust
family生物が生き延びるためには、ほかの個体と親密になる能力が、ほかの固体から身を守る能力と同じくらい重要です。オキシトシンは知らない相手を恐れるという自己防衛本能を克服する作用があり、他人に対する警戒心を緩めることで共同作業が可能となるのです。

4. オキシトシンと抗ストレス作用

視床下部は 生理機能の異なった多くの神経核が密集しており，ストレスによる様々な生体反応を引き起こす部位です。その中でも 室傍核は神経内分泌系と自律神経系の高次統合中枢として重要です。ストレスを感じると室傍核において corticotropine releasing factor　(CRF)　が放出され、このCRFは下垂体前葉の副腎皮質刺激ホルモン（ACTH）分泌を活性化します。ACTHは副腎皮質からの糖質コルチコイド分泌を活性化し、ストレスに対して適応するためのさまざまな生体反応をひき起こします。最近の研究はオキシトシンがストレス反応を軽減させる可能性を示しています。ラットの側脳室にオキシトシンを投与すると、ストレスによって誘発される CRF 遺伝子の産生が減少します。Oxytocin and Stress

ストレスにより誘発されたCRFは 自律神経　（交感神経、副交感神経）　を介して 胃や大腸の運動に影響を与えることが知られています。そしてストレスに対する適応反応には、内因性のオキシトシンが関与しています。我々の日常生活は、仕事場や家庭で、種々のストレスと向き合っています。脳内でオキシトシン合成を増加させる事ができないと、ストレスに対する適応が促進されないのです。それでは、どうやって脳内のオキシトシン合成を増加させればいいのでしょうか？

オキシトシンが信頼を高め、社交性を高めるという生理作用にそのヒントが隠されています。Oxytocin and Social attachment